大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)261号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)、甲第三号証(昭和五五年一二月二六日付け手続補正書、以下「補正書一」という。)、甲第四号証(昭和五七年一月一八日付け手続補正書、以下「補正書二」という。)、甲第五号証(昭和六一年九月八日付け手続補正書、以下「補正書三」という。)、甲第六号証(昭和六二年七月九日付け手続補正書、以下「補正書四」という。)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願発明は、自動車等における現在位置、走行軌跡、進行方向などの走行状態を表示させる走行経路表示装置に関するものである(本願明細書第二頁第八行ないし第一〇行)。従来、この種走行経路表示装置にあつては、距離検出部により車速に応じた自動車の走行距離を検出するとともに、レート式のジヤイロスコープなどを用いた方向検出部により自動車の進行方向に応じた方向及びその変化量を検出し、それら各検出値から自動車の走行経路上における現在位置を演算によつて求め、その結果を道路地図上に刻々変化する点情報によつて表示させるようにしていたが、このような装置では、自動車走行のドリフトなどによる検出誤差が累積して、複雑かつ密接した道路網の描かれた地図上に表示された現在位置を示す点情報が所定のコースから外れて別の道路上における現在位置を表示してしまうおそれが多分にあり、運転者にとつては装置の誤差によるか自車の走行コースが間違つているかの区別をすることができず、非常に紛らわしいものになつてしまつている(同第二頁第一七行ないし第三頁第一七行、補正書二第三頁第一三行ないし第一五行)。

本願発明は、右知見に基づき、従来のように点情報による現在位置の表示のみならず、定位置から現在位置までの一定の区間内における自車の走行軌跡及び現在位置での進行方向を連続的に表示させることにより、道路地図上の現在位置が検出誤差により所定のコースから外れても、それまでの走行軌跡と地図上における道路形状とを照合することにより、自車が現在どの道路上を走行しているかの判断を容易に行える走行経路表示装置を提供することを目的とし(本願明細書第三頁第一八行ないし第四頁第八行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(補正書四第二頁第四行ないし第二〇行)。

本願発明は、前記構成を採用したことにより、道路地図上における移動体の現在位置及びその位置での進行方向を常に的確に把握することができるという作用効果を奏するものである(本願明細書第一三頁第六行ないし第八行、補正書三第二頁第六行ないし第八行)。

2 他方、引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第七号証によれば、引用例記載のものは、車の位置をモニタする装置、特にデツドレコニングの原理を用いた装置とその方法に関するものであり(第二頁左上欄第八行ないし第一〇行)、デツドレコニング方式で普通起きる蓄積された誤差が、その区域に再較正局(recalibration station)あるいはチエツクポイントを設けることを必要とせずに補正される車の位置計算のためにデツドレコニングの原理を用いた、任意の地理的区域内にある一台あるいは二台以上の車の位置を基地局において収集及び表示目的のために利用できる車位置モニタ方式を提供することを目的としたものであること(第三頁左下欄第一四行ないし右下欄第一三行)が認められる。

3 一致点の認定について

(一) 原告は、引用例記載のものは、走行軌跡を道路地図に対応して表示するものではなく、したがつて、「本願発明と引用例記載のものは、ともに移動体の走行軌跡を道路地図上に対応させて表示するものである」とした審決の認定は誤りである旨主張する。

前掲甲第七号証によれば、引用例には、「第一記憶アレイ(memory array)が各可動ユニツトの算出されたX座標、Y座標を記憶するためにコンピユータ54内に確立される。座標X0、Y0を有する各車の最初の位置が、例えばガレージのように既知の位置から車が出ようとするとき、この第一アレイに記憶される。各報告サイクル中、移動ユニツト△Dおよび方向データが前述したようにマスタークロツク48Aの制御のもとにコンピユータ54に入る。第一記憶アレイ中のX、Y座標が、各移動ユニツト毎に、好ましくは一報告サイクルにつき一回、前述した式Ⅰ、Ⅱにより第一記憶アレイ中の先のXY座標と、各移動ユニツトの△D及び方向値を使用して新しい座標Xnew, Ynewを算出することにより変えられ、第一記憶アレイにXnew, Ynewを記憶する。座標Xnew, Ynewはコンピユータ54によつて線55を介してデイスプレイ56に送られる。このデイスプレイは本発明を構成するものではないが、即時に車の位置を地図上に示すためのブラウン管から成る(第八頁左下欄第一一行ないし右下欄第一一行)」と記載されていることが認められる。右事実からすれば、引用例記載のものは、デイスプレイとしてブラウン管を用い、デイスプレイに与える移動している車の位置座標は、車の最初の位置座標X0、Y0をまず記憶し、一定時間毎に車の移動変化量△D及び方向データが入力されると、そのデータをもとに、その都度新しい車の位置座標Xnew, Ynewを計算し、その値に更新して記憶するものであると認められる。してみると、ブラウン管に表示されるものは車の現在の位置のみであつて、第一記憶装置は過去の位置座標を記憶するものとはいえない。ただしかし、甲第七号証によれば、引用例には「第6図は、大都市の地図上にデイスプレイ56として使用されたX、Yプロツタの出力をトレースして作成されたものである。車が規定された径路をたどつて座標X0、Y0を有する最初の位置から自在に走行した実際のルートが矢印で示されている。蓄積誤差を修正せずに算出された車の位置は太い線で示されている(第九頁左下欄第一七行ないし右下欄第三行)。」と記載されていることが認められ、右記載によれば、引用例記載のものは、デイスプレイとしてX、Yプロツタが用いられる場合があり、その場合には、車の時々刻々の位置第6図に示される(別紙図面二参照)ごとく太い線で表示されるものであり、これは車の位置を連続して描くことになるから、結果として、描かれたものは車の走行軌跡を示したものに他ならない。してみると、引用例記載のものは、X、Yプロツタを用いて走行軌跡を道路地図に対応させて表示させることができるものであると認められる。

一方、本願発明が、移動体の走行軌跡を道路地図に対応させて表示するものであることは、本願発明の要旨とする構成から明らかなところである。

したがつて、本願発明と引用例記載のものは、「移動体の走行軌跡を道路地図上に対応させて表示する」点で一致するものであり、この点における審決の認定に誤りはない。

(二) 原告は、本願発明は、移動体の走行軌跡を表示するための刻々変化する二次元座標上の位置のデータを順次格納し、移動体の連続位置情報としてその内容を保持させる走行軌跡記憶装置を備えているのに対し、引用例記載のものは、そのような装置を有していないので、両者は右点において相違するにもかかわらず、審決はこれを看過した旨主張する。

本願発明はその要旨記載のとおりの構成を採用したものであることは前記1で認定したとおりである。そして、前掲甲第二号証(本願明細書)、甲第四号証(補正書二)、甲第五号証(補正書三)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「まず、自動車の走行に際して、予め操作装置6によりガイダンスに使用する道路地図に対応させた表示装置5における出発点の設定およびその表示縮尺率の設定を適宜行わせる。しかるのち、自動車の走行を開始させると、距離検出器1から単位走行距離ごとに一パルス信号が信号処理装置3に送られ、そこでそのパルス数のカウントを行うことにより走行距離が計測されるとともに、方向検出器2の出力が同じく信号処理装置3へ送られてそこで刻々における自動車の進行方向が判定される。信号処理装置3では、前述のように検知された自動車の走行距離および方向の変化にもとずき、予め設定された縮尺率に応じてX―Y座標上における現在位置(x、y)を刻々と演算によつて求め、その演算結果が表示装置5へ逐次送られるとともに走行軌跡記憶装置4へ送られて記憶保持される。なお、その記憶内容は、常時読出されて表示装置5(「4」は誤り、以下同じ。)へ連続的に送られる。同時に、信号処理装置3から表示装置5へ現在位置における方向信号が逐次送られる。しかして、表示装置5には、第2図に示すように、方向性をもつた現在位置の表示マークM1および出発点Aからその現在位置Bまでの走行軌跡表示マークM2が自動車の走行状態に追従して模擬的になされることになる(本願明細書第六頁第五行ないし第七頁第一〇行、補正書二第三頁第一七行、第一八行)。」「このようにして、表示装置5に表示された現在位置までの走行軌跡と地図上の道路形状とを照合することにより、運転者は自車がどの道路上を走行しているかを容易に判別することが可能になる。この際、長期的な距離関係による類積誤差を生じていても予定のコース上での位置確認は、例えば最後の特徴あるカーブ部分を基準として道路地図上と照合するようにすれば、その部分から現在位置までの累積誤差だけとなり、位置確認を比較的正確に行わせることができるようになる。その際、走行軌跡上に検索マークを適宜記しておけば道路地図との照合がとりやすくなる。また、経過した一定区間の走行軌跡が表示保持されているため、過去の通過点に対しての自車走行の遠近、方向の状態を同時に把握することができ、また必要に応じて走行軌跡の縮尺率を変更させ、その表示位置を地図に合わせて移動させ、走行軌跡の表示方向を自車の進行方向に合わせて回転させ、または過去の通過点部分を拡大させることにより、自車の位置確認を効率良くかつ詳細に行わせることができるようになる(本願明細書第八頁第一五行ないし第九頁第一四行、補正書三第二頁第二行ないし第五行)。」と記載されていることが認められる。右事実によれば、本願発明の走行軌跡記憶装置は、刻々変化する二次元座標上の位置データを順次格納し、移動体の連続位置情報としてその内容を保持させるものであり、それが、移動体の走行軌跡を表示させるためのデータを表示装置に与えるためのものであつて、この情報に従つて表示装置に走行軌跡のマーク表示を表示させて、その走行軌跡のマーク表示の形状と表示装置の道路地図の形状とを照合させ、自車が現在どの道路上を走行しているのかの判断を容易に行わせることができるばかりか、この走行軌跡のマーク表示が蓄積誤差により実際に走行した道路地図上の位置と一致しないときに、この走行軌跡のマーク表示を操作装置により移動して一致させることができるものである。

一方、引用例記載のものは、任意の地理的区域にある車の位置を基地局において表示するために利用することのできる車位置モニタ方式を提供することを目的としたものであることは前記2で認定したとおりである。そして、引用例記載のものの第一記憶装置は、移動している車の位置座標をデイスプレイに与えるものであり、そこには車の最初の位置座標X0、Y0がまず記憶され、その後一定時間毎に車の移動変化量△D及び方向データが入力されて、そのデータをもとにコンピユータがその都度新しい車の位置座標Xnew, Ynewを計算すると、その座標を更新して記憶するものであり、そこに記憶されるのはデイスプレイに表示するための現時点での位置情報であつて、過去の位置情報でないことは前項で認定したとおりである。してみると、引用例記載のものの第一の記憶装置は、車の過去の位置データ(過去のX、Y座標)を記憶させておく手段を有するものではなく、また前掲甲第七号証によれば、引用例記載のものには第二記憶装置があるが、これは引用例の「蓄積誤差を修正するために第二記憶手段が基地局に備えられ、これが区域内の走行可能面の位置を記憶している(第四頁左下欄第七行ないし第九行)。」と記載されているように、車の走行軌跡を表示するための連続位置情報を保持するためのものでないことは明らかである。

ところで、引用例記載のものにおいて、デイスプレイとしてX、Yプロツタを用いた場合、前項で認定したように、X、Yプロツタは移動する車の時々刻々変化する方向及び移動状況に関して、それに応じた入力座標データを基にして、時々刻々記録紙に連続して描くものであるから、X、Yプロツタで描かれた記録紙上の走行軌跡の表示は、表示そのものによつて記憶性を有するといえるが、その記憶は、記録紙に表示されたものそれ自体であつて、その記憶データをデイスプレイに与えて表示を行うものではない。いい換えると、本願発明のように走行軌跡表示とこれを表示させるための車の連続位置情報とが独立しているものではない。

してみると、引用例記載のものは、移動体の走行軌跡を表示するためのデータをデイスプレイに与える、刻々変化する二次元座標上の位置データを順次格納し、移動体の連続位置情報としてその内容を保持させる走行軌跡記憶装置を有しておらず、したがつて、車の連続位置情報を読出し、これを表示した走行軌跡と道路地図とをその形状に合わせて移動し、回転させる等して、自車の位置確認を効率良く正確に行うということもなし得ないものであり、本願発明とはこの点において明らかに相違するものである。したがつて、本願発明と引用例記載のものとは、相違点<1><2>のほかは一致するとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない。

被告は、本願発明の走行軌跡記憶装置4は、本願明細書の記載からみて、ビデオ用RAMであり、CRT表示器のような記憶性のないデイスプレイに図形を表示するために連続した信号を与えるためのいわゆるリフレツシユ用メモリを構成するものであり、一方、引用例記載のものにおける第一記憶装置もブラウン管に所定の割合で入力を与えるためのいわゆるリフレツシユ用メモリに共用されているものであつて、本願発明の走行軌跡記憶装置と、引用例記載のものの第一記憶装置とは、CRT表示器のための表示データを記憶している点で共通する。そして、それら記憶装置にどのような表示データを記憶させるかはCRT表示器上に表示される表示図形に従属してコンピユータプログラムされることにすぎず、本願発明と引用例記載のものの第一記憶装置との間に実質的に技術上の差異を認めることはできない旨主張する。

しかしながら、問題は記憶装置にどのような表示データを記憶させておくかであつて、本願発明は、走行軌跡記憶装置に移動体の連続位置情報を記憶させ、これに従つて表示装置において走行軌跡をマーク表示するとともに、この走行軌跡のマーク表示が蓄積誤差により、表示画面上の道路地図と一致しないとき、必要に応じて走行軌跡のマーク表示を操作装置により移動して、自車の位置確認を的確に行うものであることは前記認定したとおりである。これに対して、引用例記載のものの第一記憶装置には、走行軌跡を表示させるための移動体の連続位置情報は記憶されておらず、本願発明の走行軌跡記憶装置のごとき機能はなく、それにより本願発明とは作用効果上相違を生じることも前記認定したとおりである。したがつて、本願発明の走行軌跡記憶装置と引用例記載のものの第一記憶装置との間に実質的に技術上の格別な差異を認めることができないとする被告の主張は採用し得ない。

4 以上のとおりであつて、審決は、本願発明と引用例記載のものとの一致点の認定を誤つたものであり、これが審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

移動体の走行距離を検出する距離検出器1と、

その走行に伴う方向を検出する方向検出器2と、

これらの各検出器の出力に基づいて移動体の単位走行距離ごとの二次元座標上の位置を求める信号処理装置3と、

その信号処理装置によつて求められた刻々変化する二次元座標上の位置のデータを順次格納し、移動体の連続位置情報としてその内容を保持させる走行軌跡記憶装置4と、

その記憶装置内のデータに応じて移動体の走行軌跡を道路地図に対応させた画面にマーク表示させるとともに、前記方向検出器からの検出信号に基づいて方向性をもつた現在位置のマークを表示させる表示装置5と、

外部操作により現在位置及び走行軌跡の各表示マークを移動させることができる操作装置6と、

によつて構成された走行経路表示装置(別紙図面一参照)。

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面一

<省略>

<省略>

(以下省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!